1校舎・小さな個人塾だったエイメイ学院が、23校舎のグループへと成長する間に、 決定的な3つの瞬間があった。経営者として、大きく舵を切らされた瞬間の話。
塾を展開していくなかで、転換点が3つあった。
どれも、自分が描いていた事業計画にあったものではない。 むしろ、計画外の出来事に直面したときに、何を選ぶか—— その都度の判断が、後から振り返れば「転換点」になっていた、という感覚に近い。
そして、3つに共通しているのは、いずれも「人」の存在によって動かされた、ということだ。 社員、生徒、保護者——彼らの言葉や行動が、自分を次のステージへ押し出してくれた。
最初の転換点は、卒業生が講師として、そして社員として、エイメイに戻ってくるようになったことだ。
塾という仕事は、生徒との関係が一過性で終わってしまいやすい。 受験が終われば、卒業して、それで終わり。 でも、自分たちが大事にしてきた「人としての教育」が伝わっていれば、 戻ってきてくれる卒業生がいるはずだ——そう信じてやってきた。
実際に、何人もの卒業生が「先生になりたい」と戻ってきてくれるようになった。 それは何より嬉しいことだったが、同時に大きな責任を感じる出来事でもあった。
そう思うようになってから、事業規模を本気で大きくしていきたいと考えるようになった。 個人塾でいられた時代から、組織として成長を選ぶ時代へ—— ここが、最初の決定的な切り替わりだった。
今でも忘れられないのは、資金繰りに苦しんでいたとき、 自分の貯金を差し出してくれた社員がいたこと。 その想いに応え続けるためにも、立ち止まれない。
2つ目の転換点は、ある事件がきっかけだった。
生徒たちが、いたずら心で警察沙汰になるような悪さをしてしまった。 塾としての責任は重い。当時の自分は、即座にこう決めた。
生徒たちも泣いていた。重い空気のなか、保護者の方からこう言葉をいただいた。
ハッとした。
自分の取るべき責任は、塾を閉じることじゃない。 人としての「教育」を、最後まで届けることだ。 そう思い直した。
それ以降、エイメイは単なる「学習塾」ではなく、「教育学習塾」を標榜するようになった。 勉強を教えるだけじゃない。一人の人間として、子どもたちと向き合う場所であると。
この経験が、後にNPO法人「教育援護会」を立ち上げる原動力にもつながっていく。 入試で合格すれば幸せ、という単純な話ではないことを、 この出来事が教えてくれた。
3つ目の転換点は、今のエイメイの教育思想の核心となっている言葉—— 「自学自伸」を掲げたことだ。商標登録までして。
きっかけは、ある反省だった。
塾の先生たちが、あまりにも生徒に一生懸命だったぶん、 カリスマ化してしまっていた。 その結果、何が起きたか——受け身の生徒が増えてしまった。
「先生がいないと頑張れない」「先生が言うとおりにすれば結果が出る」。 それは、本当の意味での教育ではない。 塾を出た後、自分の力で生きていけない人を育ててしまっている、ということだ。
その想いを一言で表す言葉として、「自学自伸」を掲げた。 自ら学び、自ら伸びる。 塾を出た後の人生で、本当に必要な力。
今ではこの言葉は、エイメイ全校舎の教育の柱になっている。 商標登録だけでなく、特許出願までして、本気で守り、育てている言葉だ。